時の文

 日本人はなぜ「さようなら」と別れるのか

さよなら お別れの挨拶「さようなら」の言葉は『左様であるならば』が略され、別れの言葉として一般化されています。
 日本人が『さようであるならば』と別れるのは『こと』が終わって立ち止まり『さようであるならば』と確認し決別しながら新しい『こと』に立ち向かうという心が前を表しています。また合う日まで、お元気でという別れ方より別れにしっかり立ち向かって、次に進もうとしている気がします。
 今年近い人の別れを経験し『さようなら』という言葉を深くかみしめこの本に出会いました。

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 ありがとう

ありがとう  感謝の心を言葉にすると「ありがとう」となります。漢字に書くと「有り難う」有ることが難しいと書きます。めったにない事、稀にしかない事だから尊いと思うし、幸せに思うし、良かったと思うし、嬉しく思うのです。世の中に当たり前の事って本当に有るのでしょうか?生まれてきたことも、生きていることも、出会いも、何もかもが、すべて奇跡です。有り難きことに感謝して、自分なりに一生懸命生きて次の世代に何かを残せるよう、日々感謝の心で暮らしたものです。

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 お年玉

お年玉 年が明けると一つ歳を重ねます(数え年)。歳神様から毎年お正月に「歳」=「命」を一つ頂くという考え方が“数え年”です。
 ただ漠然と渡している『お年玉』も、もともと年の賜物という意味で、歳神様にお供えしたお餅などを、お下がりとして分け与えたのが始まりだといいます。やがて目上の者から目下の者へ、お餅やお供え以外の品物も、渡されいつの頃からかお金に変わってしまったようです。
 お年玉も“この年初めて授かった大切な贈り物”だという意味を込めて渡したいものです。

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 恩返し

恩返し 恩をもらい恩を返すことを「恩返し」音をもらったのに知らんぷりする人を「恩知らず」もらった恩を、もらった人ではなく他の人へ送っていくことを『恩送り』といいます。江戸時代には日常的に使われていた言葉だそうです。
 たくさんの人たちから受けた恩をどれくらい返せているだろうか?大きな恩も小さな恩も受けた恩は誰かに返したい。恩をもらった人がこの世から旅立ってしまっても恩送りならできますよね。

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 蓮の花

蓮の花 7月盆8月盆の頃が花盛りである蓮の花。中心の花托がハチの巣に似ているのでハスと呼ばれるようになったようです。2・3世紀以降の仏像はハスの花の上に座っているのが特徴で、これを蓮華台と呼びます。蓮華はもともとインドの女神の持ち物であったことから重んじられ、菩薩や仏教に帰依する人々の座、さらにお位牌、お墓にまで用いられました。
 蓮の花は、泥の中からすっと生え気高く咲く花、まっすぐに大きく広がり、水を弾く凛とした葉・・・「泥のなかに生まれても、汚れなく清らかに花は咲く」というイメージで、今を生きる私たちによく例えられます。泥の中で一生懸命生き、人生のどんな苦しみも乗り越え、光を信じてただ進めば、やがては大輪の花を咲かせる蓮の花のように、まっすぐ濁りのない心で、そんな風に生きられたらいいですね。

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 除夜の鐘

除夜の鐘 12月31日、大晦日の夜を1年の日ごよみを除く夜ということで除夜といいます。1年の最後の夜を締めくくり、暮れゆく年を惜しみ、新しい年を迎えるにあたり、除夜の鐘が108回あちらこちらのお寺でつかれます。
 除夜の鐘は六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)から起こる煩悩(執着・愛着)を除くために打ち鳴らす。という諸説もございます。私達は六根を通して栄養を吸収し成長しています。見るもの、聴くもの、匂うもの、触れるもの、感じるもの、すべてが私達を豊かに育ててくれます。六根を清らかにすることは、よりよいものを吸収できる、素直な感性を磨くことと言えます。
 鐘の音を聞きながら清らかに身心を整えて年を越す心がけをしたいものです。

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 盆踊り

盆踊り 夏の風物詩となっている『盆踊り』は地域のお盆にあわせて行っております。
 なぜ、お盆に盆踊りなのかご存知ですか?
 もともとは仏教行事に由来しています。起源は平安時代、空也上人によって始められた念仏踊りが、盂蘭盆の行事と結びつき、先祖の霊を慰め、供養するためのものという意識になっていきました。室町時代には、太鼓をたたいて踊るようになり、時代とともに、民衆の娯楽として発展してきました。現代ではもとの意味がうすれ“踊りを楽しむお祭り”として各地に伝わっていきました。
 近年、地域行事として、盆踊りを楽しむというより、義務的に盆踊りに参加しているようで少し残念に思います。盆踊りが、先祖から脈々と受け継がれた仏教行事であることを考えると、何か特別なもののように感じます。

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 親子月

親子月 12月の異称の中に『親子月』というのがあります。さて、今回は別名「親子草」と呼ぶ、ゆずり葉についてお話します。この木は初夏、新しい葉が育った後に古い葉が落ちることから「譲る葉」ゆずり葉と呼ばれるようになったそうです。
 人は多くのものを譲り受けてこの世に生まれ次の世代に譲っていくという営みを繰り返しています。譲る心譲られる心大切にしたいですね。鏡餅のお飾りのゆずり葉は「家系が絶えずに続く」という縁起をかついだものだそうです。
☆私の娘の名は「ゆずは」といいます☆

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 秋彼岸に想う

秋彼岸に思う お盆がすぎて1ヶ月あまりでもう彼岸の時節になりました。長月とも呼ばれる9月はまだ残暑も厳しくも23日が秋分の日と着実に秋を迎える月であります。
 短夜から夜長への折り返しの時に先祖供養をする習わしもまた日本人らしい深い心のあらわれでしょうか。
【一人ごと】
 先日、土手一面に咲き誇る彼岸花を見つけ美しさに見とれていました。遠い昔、小学校の遠足で摘んだ彼岸花を家に持って帰ると、亡き祖母に「縁起でもない」と叱られたのを思い出します。
 この花は昔から「シビトバナ」「カジバナ」といわれ、忌み嫌われた花です。また逆に天上の花という意味の曼珠沙華とも呼ばれています。正反対の意味を持つ彼岸花ですが、毎年秋の彼岸の頃になると必ず咲きます。お墓参りの時期に合わせて必ず咲いてくれます。毎年私は祖母の言葉を思い出します。

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 春秋の争い

春秋の争い 「春秋の争い」という言葉がありますが、春と秋とどちらが優れているか争うことをいいます。
 秋分の日は(先祖をうやまい、亡くなった人々をしのぶ日)春分の日(自然をたたえ、生物をいつくしむ日)と定められています。春は若葉が芽生える季節、秋は木の葉が紅葉し散っていく季節です。春分の日秋分の日は彼岸の中日にあたります。この日太陽は真東から上り真西に沈みます。ものを見ることができるときを「昼」見えなくなった時を「夜」とよびます。
 私たちの周りには、互いの関係から成り立っているものがたくさんあります。すべての命も過去から未来へと因となり縁となり、生かされています。「春秋の争い」などとは、たわいもない争いですね。
 夏の焼け付くような「太陽」から、夜に輝く「月」に心を奪われるこの季節、今年の十五夜は9月18日です。次の日はためらうように出てくる十六夜、たってまつ立待月、座ってまつ居待月、寝ながらまつ寝待月、夜もふけて出る更待月、欠けゆく月に思いを寄せて、心を癒してみてはいかがでしょうか。

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 お盆は「いつ?」

お盆はいつ 現在の日本をみわたすと「3つ」のお盆の時期が見られます。(7月盆)(8月盆・月遅れ盆)(旧盆)明治のはじめに旧暦が新暦に切り替えられ全国で対応の違いがあったからのようです。新暦になり「7月15日」というお盆の日をそのまま使った地域。新暦に変更するがもとのお盆の時季になるべく合わせるため、日取りを1ヶ月遅らせて、8月15日をお盆とした地域。新暦に変更せず、今まで通り「旧暦の7月15日」をお盆とした地域。があるようです。
 2009年の旧盆は9月3日です。暦の上では「立秋」盛りを迎えた暑さは徐々に衰え始めるとはいえ・・・残暑お見舞い申し上げます。

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 桜

桜 「古今和歌集」にある在原業平の名歌です。
 この世の中に、まったく桜というものがなかったならば、のどかな心で春を過ごせるだろうにという意味です。「いつ咲くか、いつ散るか」と桜のことが気になって、私達の気をもませる桜というものがなかったならば・・・春になるとなぜか心が落ち着かないという今を生きる私達の心情と置き換えることができます。
 ゆったりとした心で、美しく咲き誇る桜をみて心癒され、散り行く桜をみて感慨にふけったりしたいものです。『お花見』も暦のうえのものだけではなく、日本文化を代表する「伝統継承」。花を愛でつつ酒を飲み交わすお花見の習慣は、平安時代から、今でも代わることなく引き継がれているのです。

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 お盆の由来

お盆の由来 お盆の正式名称は『盂蘭盆会・うらぼんえ』といい、インドのサンスクリット語のウランバナ(逆さつり)を漢字で音写したものだそうです。お釈迦様の弟子・目蓮が自分の母が餓鬼道に落ちて「逆さつり」にあったような苦しみを受けているのを知り、お釈迦様の教えに従い、7月15日に多くの僧に飲食物を施し供養したところ、目蓮の母は救われたというのです。それ以来(旧暦)7月15日は、父母や先祖に報恩感謝をささげる重要な日となったそうです。日本では推古天皇の606年にはじめてお盆の行事が行われたと伝えられています。
 日本には、昔から先祖の霊を祀る、魂祭りが永く行われてきました。お供えをする時に使った容器を、昔の言葉で“ボニ”と呼んで、それがなまって“お盆”となったともいわれます。インド発祥の考えと、日本古来の風習が合わさって“日本のお盆”ができたと思われます。いずれにしても、親族が一堂に会し、先祖や故人を偲び、今日ある自分をかえりみるという、日本のお盆は千古の昔からかわらないものだったのでしょう。

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 お彼岸の話

お彼岸の話 お彼岸とは、春分の日と秋分の日の前後3日間のことで、彼岸とはあちらの岸、つまり「亡くなったご先祖の霊が住む世界」ということです。我々の住む世界はこちら(此方)の岸「此岸(しがん)」といいます。
 お彼岸の7日間には、意味があるのです。
一日目 「布施」を与える日。人の為に惜しみなく尽くす。
二日目 「持戒」人間らしく生きる。謙虚に人格の完成を目指す。
三日目 「忍辱」落ち込まないでどんな事にも耐える。
四日目 中日でお寺・お墓に行ってお参りをして、感謝をする日。
五日目 「精進」目的に向かって一心に努力する。
六日目 「禅定」何があっても動揺したり迷わずに、心を静かに保つ。
七日目 「智慧」真実を見極め人としての正しい道を選んで進む。
 お彼岸には、先祖を偲び、自分の今を感謝して、彼岸の入りには、季節の花・初物・牡丹餅を供え、中日にはお墓へとお参りください。
・・・・・・・・牡丹餅とお萩・・・・・・・・
 牡丹の花は春に咲くので、春は牡丹餅(ぼたもち)といい、萩の花の咲く秋は御萩(おはぎ)と言うそうです。

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 四十九日

四十九日 来世に旅立つ方へのご冥福を祈り、とこしえに別離をおしまれたご遺族の皆様におかれましては、誠の礼を尽くされたことと思います。  故人のために善業を積み重ねることを追善といい、故人ができるだけ善い世界に生まれ変われるようにと遺族の素朴な願いから、七日ごとに追善供養をするようになりました。現世と来世の境を抜け、来世へと旅立つ日が、四十九日と言われております。
 四十九日の法要で、納骨をされる場合は、事前にお墓・法名碑に法名・戒名を刻むことをおすすめいたします。
 ご遺族にとっては悲しみの癒えぬまま、あわただしい毎日を過ごされたことでしょう。故人を偲ぶとともに、残されたご遺族の皆様の心の絆をあらためて感じることができる忌明けとなりますようお祈り申し上げます。

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